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東京地方裁判所 昭和51年(ワ)3836号 判決 1977年11月07日

原告

石川直子

右訴訟代理人

萩秀雄

中村博一

被告

株式会社城口研究所

右代表者

城口一

右訴訟代理人

風間克貫

稲益孝

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

本件につき当裁判所が昭和五一年六月二八日になした強制執行停止決定はこれを取消す。

この判決は第三項にかぎり仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一原、被告間に原告主張の調停調書が存在し、同調書に原告主張のとおりの条項の記載があることは当事者間に争いがない。

二右条項によれば、原告は調停成立時から約一四年半後の昭和五一年一月末日限り本件土地部分を明渡さなければならず、借地法四条にもとづく賃貸借契約の更新請求権を有しないこととなるから、特別の事由の存在につき主張立証がないかぎり、右条項は賃借人である原告に不利なものとして同法一一条により無効であるといわなければならない。

被告は、右条項は期限付合意解約を定めたもので、賃貸借関係の中途で、調停において双方が弁護士を代理人として選任のうえ合意したものであり、また右合意に際し、原告において真実解約の意思を有していたと認めるに足りる合理的客観的理由があるから、右条項は借地法一一条に当らないと主張するので、その点について判断する。

<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

1  本件(一)の土地はもと訴外古谷ハツの所有で、原告の父である訴外石川竹次郎が昭和二一年一月、右土地上に所在する本件建物を他から買受けて取得するとともに右土地を右訴外古谷ハツから賃借し、爾来これを占有使用していたところ、昭和二九年五月一八日、被告が右訴外石川竹次郎の仲介で右土地を訴外古谷ハツから買受け、その所有権を取得した。

2  被告の右買受けに際し、訴外石川竹次郎から被告に対し、被告が右土地を買受けたので異議なく被告に右土地を返還する旨の「返地証」が差入れられ、その後右訴外人から被告に対し、本件土地の賃料等は全く支払われることなく推移してきた。

3  一方本件建物については、被告が右土地を取得した当時既に買掛金債務の担保の趣旨で訴外厚用商事株式会社に所有権移転登記がなされていたが、被告の本件土地取得後さらに右訴外会社の代表者である訴外内山陽一郎に所有権移転登記がなされ、次いで昭和三四年五月一一日原告名義に売買を登記原因として所有権移転登記がなされた。

4  そこで、被告は、昭和三五年六月二〇日ごろ、右訴外竹次郎と原告とを相手方として中野簡易裁判所に対し、(1)訴外竹次郎が、被告の前記土地取得に際し、被告との間で土地賃貸借契約を解除し、直ちに建物を収去して右土地を明渡すことを約した。(2)仮りに右主張が認められないとしても本件建物を転々と売渡し、無断で右土地の賃借権を譲渡したので賃貸借契約を解除すると主張するとともに賃料の不払も附陳して建物収去、土地明渡の調停を申立てた。

5  右調停にあたって、被告は当初から本件被告代理人である弁護士風間克貫に代理を委任し、調停期日には主に同弁護士が出席して交渉に当り、相手方である原告側は当初代理人を委任せず、当初の五・六回の調停期日には原告ら本人が出席したが、その後は本件原告代理人である弁護士萩秀雄に代理を委任して原告ら自身は殆んど出席せず、専ら同弁護士が調停期日に出席して交渉に当つた。

6  右調停において、被告は即時明渡を求めるのに対し、原告はこれを拒否して両者の主張が対立し、容易に合意をみなかつたが、調停委員会の調停の結果、昭和三六年七月五日、両者間に、請求の原因第一項に掲げられた前記条項の他、別紙図面記載のABCDJA'H'G'IAの諸点で囲まれた部分を原、被告の共同使用地とする、地代は昭和三六年七月一日から本件土地部分については坪当り一か月二〇円、右共同使用部分については坪当り一か月一〇円とする。原告の従前占有使用していた土地のうち右各土地部分を除いたその余の土地部分を昭和三六年七月末日限り被告に返還する旨の各条項を主な内容とする調停が成立するに至つた。

7  本件土地部分の明渡を約一五年後の昭和五一年一月末日限りと定めたのは、同時期が訴外竹次郎が賃借してから丁度三〇年の期間経過時にあたることによるものであつた。

8  本件土地部分の地代については、その後期間中一度も増額されることなく、そのまま据置かれてきた。

9  原告側代理人としては、調停条項中に明渡条項が加えられることに不満はあつたが、前記のように「返地証が差入れられているほか賃借権の無断譲渡」賃料不払等の問題点があり、訴訟となつた場合必ず勝訴できるとの見通しがたたなかつたので、結局右条項を加えることに同意して調停を成立させることを承諾した。

以上の事実が認められる。

原告は、本件調停成立の際、真実期限付合意解約をなす意思はなく、その旨相手方代理人に告げた旨主張し、証人萩秀雄の証言及び原告本人尋問の結果中に同趣旨の供述部分があるが、もし右期限付合意解約することに同意できないのであれば、あくまでも拒否すれば足り、また相手方代理人に告げたとの点も、そのような事実があれば相手方代理人において調停を成立させることに同意する筈がなく、現に本件調停が成立していることからも、右供述部分は採用できないし、他に右認定を覆えす証拠はない。

右認定事実を総合するならば、本件調停条項第一、二項は、本件土地賃貸借契約につきいわゆる期限付合意解約を合意したもので、しかも原告としては、「返地証」差入、土地賃借権の無断譲渡等の点で訴訟となつた場合必ずしも勝訴できる見通しがなく、右期限が約一四年半という比較的長期であるところから、右期限付合意解約を合意したものであることが窺われ、右合意に際し、原告において真実期限付合意解約の意思を有していると認めるに足りる合理的客観的理由があり、かつ右合意を不当とする事情も認められないものというべきであり、したがつて、本件調停条項は借地法一一条に当らないものと解するのが相当である。

三そうだとするならば被告のその余の主張について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がないものといわなければならない。

四よって、原告の本訴請求は失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、強制執行停止決定の取消およびその仮執行の宣言については同法第五四八条一項、二項を各適用して主文のとおり判決する。

(小川昭二郎 魚住傭夫 市村陽典)

物件目録<略>

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